稽古場日誌

池上show劇場【DELUXE】 佐々木 啓 2021/08/13

意外と身近な物語

太宰 治の『カチカチ山』では狸は37歳の醜男、兎は16歳の美しい処女として描かれています。
それぞれのキャラクターがとても魅力的で一気に作品に引き込まれる。
狸は男性を、兎は女性を象徴しているので読む側からすると「身近な物語」に感じるのです。

もし作品を読んで「こんな奴いないよ!」「俺は(私は)こんなんじゃないよ!」と遠いお伽噺の様に思われる方がいるとしたら「いや、そんなことはない!」と私は声を大にして言いたい!

大なり小なり程度の差はあるものの、やっぱり男性は狸の様に馬鹿だし女性は兎の様に無慈悲だ。
皆さんも今一度身の回りを注意して見てみてほしい。よく見るとあちこちに狸や兎がいるはずだ。
『カチカチ山』は意外と「身近な物語」なんだ。

私の周りにも狸と兎は確実にいた。
私が中学生のときの事。仲の良かった友人が学年でモテモテだった女子生徒に恋をした。根気強く何回もデートに誘い、やっとのことでディズニーランドに行けることになった。
友人は頑張った。必死にデートプランを立て、オシャレをして、コツコツ貯めていたおこづかいも全てこのデートにつぎ込んだ。もちろん食事代もお土産代も全て友人が支払ったそうだ。本当に友人は頑張った。
そして後日バッサリとふられた。
「だからあんな女やめておけって言ったのに!」と私が言うと友人は泣きながら「でも俺やっぱり、今でも好きなんだよなあ」と呟いていた。
『カチカチ山』に出てくる狸は誰でも嫌悪感を抱いてしまう様な男で友人とはかけ離れているが、人を好きになって周りが見えなくなるところは一緒だった。恋は盲目とはよく言ったものだ。
今思えば友人の中にも狸が住んでいたのだと思う。
そして女子生徒の中には確実に兎が住んでいたと思う。

もちろん私の中にも狸は住んでいる。
小学生のときのこと。当時の私は人を笑わせるのが好きなお調子者でクラスでもそこそこ人気だった。
自分が何かふざけるとクラスのみんな笑ってくれた。
そんな中一人だけ笑ってくれない女の子がいた。
髪が短くて、感情をあまり表に出さない、クラスで目立たない無口なターミネーターの様な子だった。
なんか悔しくて、その子を笑わせてやろうと必死に絡んであの手この手で笑わせようとしたが、なかなか笑ってくれない。
あるとき困り果てて「お前、ターミネーターかよ!」とツッコミを入れたら、ようやくゲラゲラ笑ってくれた。その笑顔見て「あ、俺この子のこと好きだったんだ」と初めての恋を自覚した。
それからはその子と仲良くなる為にそれまで以上にちょっかいをかけた。
ターミネーターで笑いを取った私は味をしめ、四六時中彼女のことをターミネーターと呼んだ。
「おはよう、ターミネーター!」「ターミネーター、元気? 顔色悪いよ!」「ターミネーター、じゃあね!」といった具合に。
これで彼女と仲良くなれる、と当時の私は本気で思っていた。
本当に馬鹿だった。
結局彼女には嫌がられ避けられる様になり、中学校ではクラスも別々になりそのまま全く喋らなくなった。
私の初恋は地味にフェードアウトして消え去った。
やっぱり私の中にも馬鹿な狸は住んでいる。

今回私が演じる『カチカチ山』、一見自分から遠い世界の物語のようでありますが、よく考えてみると観ていただくお客様一人ひとりにも身に覚えのあるところがあるのではないでしょうか?
そんな「身近な物語」として観に来て楽しんでいただけたら幸いです。

佐々木 啓

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『カチカチ山』あらすじ

太宰版の『カチカチ山』では兎は美しい少女、狸は兎の少女に恋している愚鈍な醜男として描かれている。
狸は兎に嫌われているのに、そのことに一切気がつかない。
それどころか自分の欲望のままにしつこく兎に迫る。
背負っている柴に火をつけられ燃やされても、傷が余計に痛むインチキ薬を塗られても、自分が嫌悪されていることに気づかない。
最期に泥の船に乗せられて溺れさせられ、櫂で頭を叩かれてようやく兎の殺意に感づくものの、時すでに遅く狸はそのまま溺死する。
馴染みのある昔話を分かり合えない男女の話に作り替えた、太宰 治の力作。

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劇団 山の手事情社 公演『池上show劇場【DELUXE】』
構成・演出=安田雅弘
日程=2021年9月17日(金)~19日(日)
会場=山の手事情社アトリエ

公演情報詳細は こちら をご覧ください。
配信でもご覧いただけます。

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