稽古場日誌
池上show劇場【DELUXE】 名越 未央 2021/08/27
『藪の中』は、人間が、“妄想”という得体のしれない化け物に喰い殺されていく様を克明に描き出した物語、なのかもしれない。
男が死んだ現場に居合わせたらしい3人が、それぞれ全く違う証言をするからさぁ大変。事件の真相はなかなか明らかにならず、謎は謎のまま物語が終わっていく。
ミステリーとしてはかなり破天荒だ。
誰かが、もしくは全員が、自分勝手な自己保身のためにデタラメを言っているのだと読む人もいる。誰がどんな嘘をついているかと様々な視点から研究がなされ、短編小説としては屈指の数の論文も書かれている。
でも私は、この物語を読めば読むほど、登場人物としてセリフを喋れば喋るほど、言い知れぬ痛みが伴っているような気がしてならない。
そう感じるのは、3人とも自らの死を意識するような言葉を吐いているからだ。
意識的であれ無意識的であれ確かに嘘は混じっているだろう、でも彼らが、たとえ一瞬でも生きていくのが嫌になるくらい極限まで追い詰められたということは真実のように思えるのだ。
一体どんなことが、起こったのか?
いや、
一体どんなことが、起こったと、妄想しているのか?
これは恐ろしい問いだ。
だってもしかしたら、実際にはそんなにひどいことはされなかったのかもしれない、ひどいことを言われたりもしなかったのかもしれない、そもそも相手に悪意なんてちっともなかったかもしれない。
それなのに、自分の中の妄想が勝手に大暴走し、傷つき、おののき、にっちもさっちもいかなくなって死へ向かっているのだとしたら……こんな恐ろしいことはない。
まぁこんなことをとっくりと考えているのだって、私の妄想力の賜物なわけだ。
妄想が暴走するきっかけはきっと、誰の日常にもするりと潜んでいます。
どうかあなた自身の妄想力も携えて、用心して、ご覧いただきたいと思います。
名越未央
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『藪の中』あらすじ
藪の中で、ある男の死骸が発見される。
犯人は誰か?
男と一緒に旅をしていた美しい妻、妻に横恋慕し夫婦を藪の中に連れ込んだ悪名高い盗賊、そして闇の底から舞い戻って来た男の死霊。
3人の証言は食い違い、殺したのは自分だと誰もが主張する。
薄暗い藪の中では、いったい何が起こっていたのか。
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劇団 山の手事情社 公演『池上show劇場【DELUXE】』
構成・演出=安田雅弘
日程=2021年9月17日(金)~19日(日)
会場=山の手事情社アトリエ
公演情報詳細は こちら をご覧ください。
配信でもご覧いただけます。