稽古場日誌

池上show劇場【DELUXE】 渡辺可奈子 2021/08/31

怖い話と私、私たちと霊の話

私は幽霊を見たことがない。
噂では18歳の誕生日までに一度も幽霊を見たことがない人は、それから先も見ることはないらしい。
それを聞いたとき、嬉しいような、寂しいような気持ちになった事を覚えている。

私の父は“怖い話”が好きで、私は幼少の頃から“恐怖”の英才教育を受けていた。怖い映画や漫画などを見せられ、幽霊と言う見たこともないものに怯えて、その存在に、怖い! と思いながらも好奇心は抑えられず、どんどんその世界にのめり込んでいき、いまでは立派に“恐怖”を接種しないと生きていけない人間に育った。

今回私が一人芝居で『耳なし芳一』を選んだのも、子供の頃に父に寝る前に読み聞かせてもらった話で、有名だし、なんか怖いし、好きだし……、と言う結構簡単な理由からだった。

しかし、この『耳なし芳一』という作品、読めば読むほど分かるようで分からない。

一体何を伝えたいの?

私は怖い話は好きだが、『耳なし芳一』については一体何がどう怖くて、どう好きなのか説明が出来ない。故に、この作品の中に隠された道徳が何なのか全く分からない。それで他人の知恵を借りようと【耳なし芳一 教訓】と検索してみる。

あまりしっくりとくる情報が出てこない……。

この作品は平家の祟りが怖いのか。耳がちぎられる事が怖いのか。

と言うか、怖いなんてありきたりな言葉で片付けていいのか……?

どうしよう、何が面白いのか分からなくなってしまった。

しかし、そんなことでは困ってしまうので、私は諦めずに作者である小泉八雲について調べることにした。

小泉八雲は本名をパトリック・ラフカディオ・ハーンと言い、ギリシャとアイルランドのハーフだ。彼が日本に住み、その文化を愛し、書かれた作品の一つが『耳なし芳一』を含む『怪談』である。

ん? 日本を愛したはずなのに、なぜこんなにも悍ましい、物の怪たちがたくさん出てくる作品を書き残したのだろうか?

どうやら日本に来たばかりの頃のハーンは日本の盆踊りを見て、いたく感動したらしい。亡くなった先祖を呼び起こし、生者と死者が共に踊ることで互いの身体が共鳴していて、それはゴーストリー(霊的)であると言っている。

確かに、日本の文化の中の死者に対する捉え方は他国から見ると独特なのかもしれない。死者というよりも、目には見えない存在に対して無意識的に敏感になっているような気がする。
だとすると、幽霊が怖いのではなく、死んでも尚、幽霊になってまで現れようとする無念や執念、死者でなくても、生き霊とか言霊とか、見えないけれどあるような気がする人の強い想いが怖いのだ。
きっとハーンは当時の日本人のそういう、目には見えない物を強く信じ、時に怯える心に惹かれたのではないか?
そう考えると『耳なし芳一』と言う作品の見え方がみるみる変わっていった。私は幽霊の存在をすっかり勘違いしていたのだ。

では現代の日本人は、この目に見えない霊的な何かに対して恐怖しているだろうか。おそらく今の恐怖の流行りは幽霊のような非科学的な存在よりも、もっと現実的な物に怯えているような気がする。時代の流れとともに、霊的な何かを信じなくなりつつあるのか、またはそんな物に怯えている余裕がないのだ。私はそれが演劇などの芸術が社会で廃れつつある事と関係があるような気がしている。

だから私はこの『耳なし芳一』という作品との再会に、何か意味があり霊的な巡り合わせがあったのではないかと思わずにはいられないのだ。
小泉八雲の描く幽霊は、信じるとか信じないとか怖いとか、そもそもそう言う存在ではなく、私たちを常に取り巻いている、昔はあって今はなくなりかけている大切な「何か」なのであると言う事を強く伝えたいと思う。

それはそもそも何なのか……。

まだまだ考える日々は続くのである。

渡辺可奈子

**********

『耳なし芳一』あらすじ

何百年か昔、現在の下関に琵琶を弾いて平家物語を語るのが上手な芳一という盲人がいた。
貧乏だった芳一は、詩歌管弦を好む阿弥陀寺の和尚にその腕を買われ寺に住まわせてもらっていた。
ある夏の夜、和尚も小僧も出払って芳一が留守番をしていると、身分の高い者の使いという侍が訪ねてくる。
芳一の琵琶をぜひ聞きたいというので、芳一は侍と共に出かけていく。
案内された先には、貴族と思われる人々が待ち受けていて、芳一の琵琶に感涙し喝采する。
芳一はそれから毎晩、侍とともに出かけるようになる。……
ギリシャとアイルランドの血を引く作家、小泉八雲が描く、傑作怪談の一つ。

**********

劇団 山の手事情社 公演『池上show劇場【DELUXE】』

構成・演出=安田雅弘
日程=2021年9月17日(金)~19日(日)
会場=山の手事情社アトリエ

公演情報詳細は こちら をご覧ください。

配信でもご覧いただけます。

池上show劇場【DELUXE】 210719_池上show劇場 DELUXE_fin

稽古場日誌一覧へ