稽古場日誌
池上show劇場【PREMIUM】 高島 領也 2021/09/28
今回僕は二作品取り扱う。
梶井基次郎の『Kの昇天』と『桜の樹の下には』だ。
そこで『Kの昇天』の登場人物の「K君」
『桜の樹の下には』の「桜」
この二つにちなんだ思い出を紹介しようと思う。
僕にはK君という友達がいた。
K君は僕の小学生からの友人だ。
K君はいつも友達が居なかった。
僕にも居なかった。
K君は僕を友達だと思い、僕もK君を友達だと思っていた。
その関係は世に言う親友というものだったと思う。
K君は嫌なやつだった。
理系で、理屈っぽくて、人を小馬鹿にし、カッコつけで、機械オタクで、大きい家に住んでいる癖に貧乏自慢をしてきて、エレキギターを弾いて、常に髪はボサボサで、変に大人びていて、頭がキレて、知識が深く、いつも何か物思いにふけっていた。
K君は僕とは真逆だった。
K君はいつも、愚鈍な僕に哲学的問題を投げ掛けてきた。
「生きるとは」「人とは」「命とは」「青春とは」「愛とは」「死とは」「人類の可能性とは」
青春を浪費してまでする議論ではないが、僕は鈍い頭でそれらしい事を答えていた。
そんな彼が、僕に梶井基次郎の短編集を僕に見せて「この本を読んでおけ」とそう言った。
さて、ここで桜の話に変わる。
桜の思い出はない。
僕は日本で最も桜が咲くのが遅い北海道で生まれ育った。さらにその北海道の中でも最も満開が遅いとされる地域だった。
満開とは言うが、木が身にまとう花の数は少なく、枝の肌が見える程のスカスカ具合だ。
テレビでは賑やかに本州における桜前線の報道がされ、一方で花見客のマナーについて語られる。
北海道にいる間、僕は花見をする人間の気が知れなかった。
きっと人生の落伍者の集いなのだろうと思っていた。
そんな僕に初の花見のチャンスがやってきた。
大学の新入生歓迎コンパだ。
大学のサークルが新入生を招いて花見をしようと言うのだ。それも夜桜。僕は意気揚々と参加する事にした。
しかし、豪雨の後のその日の桜は既に散り切っており、葉桜どころか枯れ木の下で花見をする羽目になった。
ハイテンションで無理矢理盛り上げようとする先輩、会話に交わらずケータイをいじる女子、体育会系のノリで調子に乗って一気飲みをする新入生。
僕は絶望した。
やはり花見は酒を飲む口実に過ぎないのだろうと。花を見て感動する日は僕には来ないのだろうと。
ところがその日は翌年突然やってきた。
なんの気無しに下を向いて歩いた道で、見慣れない薄桃色が視界に入ってきた。それは道の端に落ちた桜の花びらだったのだ。
それに気がつき、ふと頭を上げてみると僕の頭上には満開の桜が花びらを散らしながらそこに立っていたのだ。
散るとは死に近づく事。そしておそらく来年にはまた蕾という生を咲き誇る。生と死を循環するそれは死にながら生き、生きながら死んでいる。
それはまさに妖艶であった。
なるほど人が桜を愛で、その木の下で騒ぎ歌い踊らずにはいられない気持ちがわかる。
この美しさは人をおかしくさせる。
ここでK君の話に戻る。
K君は東京にいる大学生の僕を尋ね、しばらくぶりに僕らは再会した。
喫茶店にて、K君に先程の桜を見た時の感動を話した。
するとK君は「屍体は埋まっていたかい?」と聞いてきた。
その確かめようのない質問に僕は「どうだろう」と気の利かない返答をした。
K君は「そうか」とだけ言って、残念そうにそのまま帰って行った。
それ以来、僕は桜を見る度にK君を思い出し、その木の下に屍体が埋まっている妄想を試みる。
今ではそのK君とは音信不通となり、どこに居るのか何をしているのかもわからない。
きっとどっかに昇天でもしたのだろう。
高島領也
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『桜の樹の下には』あらすじ
桜の花は何故あんなにも美しく咲くのか。
「俺」はそれがあまりにも不可解で憂鬱だった。
しかし今それがやっとわかった! 「俺」には惨劇が必要なのだ。
「俺」は分身たる「お前」にその神秘について語りかけようと思う。
『Kの昇天』あらすじ
「私」に届いた手紙は、友人「K君」の溺死を伝えるものだった。
「私」は送り主に「私」と「K君」の出会いとなった真夜中のN海岸での奇妙な出来事を語る。
「私」は次第に「K君」の死の謎に魅入られてゆく。
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劇団 山の手事情社 公演『池上show劇場【PREMIUM】』
構成・演出=安田雅弘
日程=2021年11月5日(金)~7日(日)
会場=山の手事情社アトリエ
【PREMIUM】公演情報詳細は こちら をご覧ください。
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