稽古場日誌

疫病が蔓延し、経済不況が続き、行動に様々な制限がかけられていく世界で、僕は山の手事情社の新人として今、一人芝居を作っている。原作は“月が綺麗”でお馴染み夏目漱石が書いた夢の話だ。オムニバス形式の小説で、僕はその第六話目を演じる。

夢の中の話だからか唐突に始まり、よく分からないまま終わる。夢は夢でも空を飛ぶとか、怪物を倒すとかいう露骨なファンタジーではなく、鎌倉時代の彫刻家、運慶が明治時代の護国寺で仁王を彫っているとかいう、僕の様な現代の若者にとって絶妙にピンとこない非日常だ。うーん、渋い。

僕が何故この話を選んだのか、それはこの話の主人公である「私」に惹かれたからだ。「私」の魅力はこの作品の見どころでもある。
「私」は仁王と運慶に対する情熱や感動、仁王を彫る運慶の様子などをどうにかして言語化しようとするのだが「なんとなく古風」だの「いかにも古くさい」だの誰にでも言える様な言い回しが目立つ。というか「古い」以外に着目する所があるだろう。
運慶の姿を表現するにしても「運慶は頭に小さい烏帽子の様なものを乗せて素襖だかなんだかわからない大きな袖を背中でくくっている」と、なんともアバウトな表現だ。烏帽子の様なものって烏帽子以外にあるのか?
更に話が進むと、隣で一緒に運慶を見物していた男の「あれは仁王を作っているんじゃない、木の中に埋まっている仁王を彫り出しているんだ」というデタラメな話を間に受け、彫刻とはそんなものなんだ、なら自分にも出来るぞ!! と作成を試みる。待て待て思考が純粋過ぎるだろう、そんなわけあるかい‼︎ と思うのだが、この「私」に迷いなぞ微塵もない。家に帰ってせっせと薪を鑿と金槌で彫り始める。いやいや、こいつは馬鹿なのか?
しかし知識が無くとも熱意は誰にも負けないらしい。面白い奴だと気付いたら僕自身ニヤけていた。

僕にとってこの「私」の猪突猛進さは素敵な事に思える。馬鹿だと思われようが、無謀な事だろうが突き抜けていく。見ている者が元気になる真っ直ぐさがこの「私」にはある。こんな周りを元気に出来る様な人間になりたいという欲望が僕にはある。なら演者として「私」と出会った事は運命ではないか、これはやるしかないと思った。
こいつの馬鹿さ、真っ直ぐさを表現するにはとてつもないエネルギーがいる。しかも劇団員としての初舞台、今まで雑にしていた所もちゃんと意識しなければならない、正に死ぬ気で頑張らないといけない。それでも僕が感じたこの「私」の魅力をお客様に届けたい。共有したい。だからやり抜くと決めた。
「私」と一緒に舞台に立つことを。

今回が僕の、お客様を入れての初公演となります。まだまだ大変な世の中ですが、だからこそ皆さまが元気になる様な芝居をしたいと思っています。
ご来場をお待ちしております‼︎

宮﨑圭祐

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『夢十夜』(第六夜)あらすじ

運慶が護国寺で仁王像を彫っている姿を見ていた「私」は、隣の男が「運慶は、木の中に埋まっている仁王を掘り出しているだけだ」と言うのを聞いて、自宅の木の中に仁王を捜し始める。
夏目漱石がつづった夢の世界。

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劇団 山の手事情社 公演『池上show劇場【PREMIUM】』

構成・演出=安田雅弘
日程=2021年11月5日(金)~7日(日)
会場=山の手事情社アトリエ

【PREMIUM】公演情報詳細は こちら をご覧ください。
【DELUXE】【PREMIUM】は 配信 でもご覧いただけます。

『池上show劇場【PREMIUM】』1 『池上show劇場【PREMIUM】』2

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