稽古場日誌

ほんのりレモン風味 渡辺可奈子 2022/02/02

不登校予備軍の朝は散歩から

私は中学時代の記憶があまりない。

と言う事にしていた。

無かったことにしたい事が多いからだ。思い出しても嫌な思いをする出来事ばかりなので、いろいろなアレコレを忘れた事にしていたのである。

しかし、実は嫌な事こそよく覚えていて、今でも不意に頭を過っては腹立たしく、悔しい思いでいっぱいになる。あの時の私にもっと巧みな言葉があれば。あの時に頼る相手を間違えなければ。うっかり口を滑らせていなければ! ……とか。
学校では大人しそうに見えるのに色々と問題を起こす、一番厄介なタイプだっただろう。家には先生から親宛にしょっちゅう電話がかかってきていたし、私の個人面談だけ何故か3時間くらいかかったり、他のクラスの子と掴み合いの喧嘩になったり、ちょっとヤバそうな先輩に無実の罪で呼び出されてシメられそうになったり、目立ちたいわけではないのに理不尽なトラブルが付き纏ってくる日々だった。

今思い出しても、毎日学校に通えていた事が奇跡のように感じる。大人になった今でも、そんな所には通いたくない。親でさえ、昔の話をすると不思議に思っている。

 

私はなぜ毎日学校に通えていたのだろうか?

ただ一つ、思い当たるとすれば毎朝強制的にやらされていた犬の散歩のお陰だろうか。

中学生の頃に、我が家に黒い柴犬がやってきた。小町と名づけ、私が毎朝散歩する事を約束にお迎えする事が決まったのだ。
だから約束通り毎朝6時に起きて小町の散歩をする。ギリギリに起きた日にはいつものコースを走って回った。終わったら、すぐに学校に行く準備をして、6時45分には友達が迎えに来る。「行きたくない」なんて言う間も無く、畳み掛けられるようにそのまま学校に行く。よくできたルーティンだった。お陰で中学校を卒業する時には精勤賞がもらえたのだ。

そう思うと、親との約束と小町の存在、毎日欠かさず迎えに来てくれた友達によって守られた学校生活が私にとってひっくるめて「青春」であり「レモン風味」なのだ。犬の散歩のカラクリに気が付いたのも、本当に最近の事だし、当時の私にとって学校での出来事は強烈な、言葉には出来ないような、咽せるほど「酸っぱい」出来事だったに違いない。「酸っぱい」思い出が色々な人の助けによって薄まって風味になり、今でも時々香ってくる。

「酸っぱい」体験をしたくなかったか? と聞かれたら、今ではもうどうでも良かったりもする。

世話になった小町はもう老犬で、あの頃のように一緒に走ってくれなくなってしまったけれど、本当に時々当時のように走ってくれる瞬間がある。
その時だけ、当時のレモン風味の味がするような気がする。

今回のニュージェネレーションの公演も、今が一番「酸っぱい」時かもしれない。しかしその「酸っぱい」を噛み締めることで、時間が経って薄まってしまったとしても、風味として残り、何かの拍子に不意に思い出すような、そんな公演にきっとなるだろう。

渡辺可奈子

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『ほんのりレモン風味』omote

ニュージェネレーション公演『ほんのりレモン風味』
日程:2022年2月23日(水・祝)~27日(日)
会場:大森山王FOREST

詳細は こちら をご覧ください。

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