稽古場日誌

ほんのりレモン風味 名越 未央 2022/02/05

たかがプール、されどプール

あなたにとって「恋人ができる」ことは、ほかのことに例えるとどんな事ですか?

10年ほど前、知り合ったばかりの先輩俳優さんにふいに聞かれた。
私はちょっとだけ考えて、プールに飛び込むようなものですかね、と適当に答えた。
するとその人もちょっとだけ考えて、海じゃないんですね、と言った。

私は思わずハッとした。

確かに、私にとっては、決して海ではない。
どこまでも続く大海原、塩っ辛くてサメもいて嵐も起こりうる、人間なんて簡単にひねりつぶされそうな危険すぎるものでは、ない。「プールに飛び込む」は本当に何気なく言った言葉だったが、けっこう自分の本質を表しているように思えておもしろくなった。そしてさらに私の中に浮かんだイメージは意外にも、泳ぐ私、ではなく、走る私、だった。

例えば、誰かを好きになるとする。その誰かと過ごす時間が、私にとっては未知なるプールだ。霧の中のプールくらいのものを想像してほしい。深さも広さも水温も透明度も、外から見ているだけではよくわからない。
浮足立った私はいてもたってもいられず、プールサイドを走り出す。このプールに飛び込んでいいものかしら、走りながら考える。もしかしたらめちゃくちゃ深くて浮かび上がってこられないかもしれない、いや逆に浅すぎて複雑骨折するかな、水が恐ろしく冷たくて心臓が止まるかもしれないし、足が攣ってジタバタしてるのに誰にも気づいてもらえない可能性だってある。私はできるだけたくさん最悪の事態を思い描きながら、息を切らして走り続ける。で、最悪なアイディアを出し尽くしたら、ちょっと安心する。アドレナリン全開でこれだけ考えたのだから何が起こってももういいやという謎の覚悟ができた私は、えいやーーーーっ!! とできるだけ派手な水しぶきを上げながらプールに飛び込む。きれいなフォームなんかじゃなくて、走ってきた勢いそのままに足から豪快に。

このイメージは、10年間いつも私の中にある。
未知なるプールは恋愛に限らず、おもしろそうだな、やってみたいな、気になるな、と思ったものならなんにでも当てはまり、プールサイドを駆け回るあの感覚こそが私の生きる基本姿勢だという気がしている。
そうして飛び込んだたくさんのプールのなかでは、良いことも悪いことも時には最悪なことだって起きたけれど、それはなんだか本当に水の中みたいにいつのまにかぼんやりとして、懐かしむこともあまりない。そう考えてみると青春の象徴だというレモンは、私の世界では、プールの中よりもプールサイドにこそ強く香っているのだろう。

プールサイドを駆け出したくなるその瞬間。
誘うようにきらきら輝く水面の、その下にある希望と絶望に思いを馳せながら走っているその瞬間。
地面を蹴りだしてしぶきを上げながら水に身を預けるその瞬間。

『ほんのりレモン風味』で私が見たいのは、7人のニュージェネレーションそれぞれの好奇心と不安が入り乱れるそういう瞬間なのだと思う。
そしてその瞬間を心に刻んでいれば、プールの中で何が起こっても何とかなるものだ。そのたくましさ、図々しさ、いじらしさ。そんなものが滲み出てくる作品を、エールを込めてお届けしたいと思っている。

名越未央

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『ほんのりレモン風味』omote

ニュージェネレーション公演『ほんのりレモン風味』
日程:2022年2月23日(水・祝)~27日(日)
会場:大森山王FOREST

詳細は こちら をご覧ください。

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