稽古場日誌
レモンて「青春の象徴」だったんですね?
知らなかったです。
かつてデューク・エイセスというおじさんのコーラスグループが「おさななじみ」という曲で
おさななじみの想い出は
青いレモンの味がする
(作詞:永六輔)
と歌っていて、青いレモンをかじった経験などない私は、へえそんなもんかいと思った記憶はあるものの、「青春=レモン」だったんだ。
ま、どうでもいいですが。
ところで『ほんのりレモン風味』ってさ、聞いたことないメーカーが出してるノンアル飲料とかガムとかを連想させるね。
ま、それもどうでもいいや。作品がちゃんとしてれば。
とりあえずニュージェネレーションの方々が取り組んでいるであろう「レモン=青春」についてだ。
それは、たとえば学業、仕事、恋愛などが複数同時にのっぴきならない事態になること。そんな事態に初めて直面する状態を指すんじゃないだろうか。
いや、私はそうだったな。
大学3年、私は貿易論のゼミに所属していた。むっちゃくちゃ厳しいゼミで、4年生になると就活でろくに勉強できないから、と通常3年生から始まるゼミがなぜか2年の秋から開講する。しかもゼミとサブゼミの曜日があって、その日はゼミの勉強で大変だから、ほかの講義は入れるなという。女の子は入れない。なぜですか? 泣くから。時間ぜーったい厳守。理由の如何を問わず遅刻すると鍵がかかってゼミ室に入れない。ジーパン禁止。なんじゃそりゃ。バンカラな学風が消し飛ぶようなゼミだった。そんなことはつゆ知らず、単に教授のほかの講義が面白かったから何となくゼミに申し込んだ。厳しいことを知っている他の学生は敬遠し、ろくに授業に出ずそういう情報に疎かった私は、合格になった。
3年になるまでに先生の著作を読んで、100枚のレポートにまとめる課題が2回。ボールペン書き。修正液は禁止。間違えた場合はその紙まるまる書き直す。レポートの紙は「丸善○○」の片面だけ使用と指定され、黄みがかった紙で、修正液を使うとばれる。
3年になると教授の前で需要曲線だの供給曲線だのさまざまな曲線をホワイトボードに書いて、それらの交点が何を意味するのかといった説明をする。「その点は何だい?」「あ、ええっと……」説明できないと交代。順調に説明していても、5分たつとチンとベルが鳴り「5分でまとめろ」「はぁ……」「どんな難しい理論でも学会では5分で説明するんだ」いやいやオレ学会に行く気ないし。
夏休みに突入する前に課題が出た。原書講読。要するに英語の経済書を読んで、それを翻訳してレポートにするんだと。学部図書館という大学の普通の図書館より立派なところに連れていかれ、原書のズラリと並ぶ本棚を背に先生は「どれにする?」ってちょっと待て。
その頃私は演劇研究会というサークルで新入生の教育係だった。秋には新人公演が控えていて、私の演出の力量が試される。本気で演劇をやるならば、はずせない公演だった。と少なくともその時は思っていた。
原書講読と新人公演の両立は物理的に無理だ。今考えれば無理ではなかったかもしれない。しかし両方とも当時は未知の作業である。あぶはちとらずになるのではないか。
さらに私にはもう一つ抜き差しならない事情があった。恋愛である。いや結婚を真剣に考えていた。おそらく相手は結婚などまったく考えていなかったと思う。しかしなぜか私は一方的に深刻に悩んでいた。
どうすんの?
結婚するの? するなら就職しなきゃ食わしていけないよな。ゼミ出て卒業しなきゃ。ちなみにバブル経済真っ盛りの当時、ゼミの名の入った封筒を持って行けば、どの企業でも内定出してくれるよと先輩たちから教わっていた。芝居やめて、原書講読する?
演劇どうする? 新人公演の担当変わってもらうのか。なついた連中に不義理をするのか。演劇は趣味にとどめるのか。演出の手腕があるかどうかなんて全然わからない。自信の持ちようがないことに賭けるのか。芝居選んで、彼女との結婚は諦めるのか。
あの時の自分の愚かさに呆れる。結婚して演劇を続けるという選択肢はないのか。なかったな。いや苦悩は事実だったし、真剣だった。しかし彼女と結婚の約束をしたわけでもないのに、その部分で勝手に追い詰められ、結果として冷静な判断などできない精神状況に陥っていたのである。
毎日毎時間結論が揺れ動く。よしゼミだ。いや舞台だ。原書講読、いやいや稽古場に行かなきゃ。……我ながら情けなく滑稽だった。
で、その結果が今です。原書講読は断念した。先生はゼミ生を集めて別れの宴を開いてくれた。「安田くんは駅のホームで寝ながらでも演劇の道を歩むそうだ」ってオレそんなこと一言もいってないし。ただ先生にとって「演劇を選ぶ」ということは、駅のホームで寝ることだったのだろう。ドサ回りか。今時ドサ回りだって駅のホームでは寝ない。失礼だろ。
彼女とは結婚しなかった。その後別れた、というか振られた。彼女に結婚のことは一言もいわなかったけれど、何かこちらの妙な熱気のようなものが気持ち悪くなったのかもしれない。ほんとにすいませんでした。
新人公演はやった。が、自分に演出の能力があるかどうかは一向にわからなかった。今あの作品を私が見たら、キミは演出家には向いてないよ、と淡々と告げるだろう。
そんなもんだよ、レモンたち。
あがいて悩んで途方にくれたまえ。
安田雅弘
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ニュージェネレーション公演『ほんのりレモン風味』
日程:2022年2月23日(水・祝)~27日(日)
会場:大森山王FOREST
詳細は こちら をご覧ください。