稽古場日誌

馬込文士村演劇祭/馬込文士村 空想演劇祭 越谷 真美 2022/11/26

勝手に書いて行く私4 ~札幌時代のこと~

『馬込文士村 空想演劇祭2022』で上映予定の『千代と青児』は、宇野千代原作の小説「その家」をモチーフにして、宇野千代と画家の東郷青児との出会いと恋愛を描いた短編作品です。

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失恋し故郷に戻ってから間もなく千代は藤村忠という男と生活を始めます。
なんと、最初の結婚相手の弟! つまり、彼も千代の従兄弟。

1917(大正6)年、彼が東京帝大に進学したのを機に一緒に上京して、雑誌社の事務、家庭教師、口絵モデル、ホテルの食堂の女給など様々な仕事をして生活を支えました。20歳になる年でした。

本郷の燕楽軒というレストランで18日間だけウェイトレスをしていたことがあります。
ここは当時文芸界で活躍した人々が集まるお店で、そのなかにのちに千代が人気作家となるきっかけをつくった中央公論社編集長の滝田樗陰、千代に恋した作家・今東光、今の友人として東郷青児らも来店していました。

芥川龍之介の『葱』という短編は千代をモデルに書かれています。これを読むと夢見る文学乙女の一面と、デートの途中で葱の安売りに飛びつく生活感溢れる一面が同居する面白い女性だったことがわかります。
当時の千代はいかにからだを売らずに男性たちからお金を得るか計算していたようですが。

1919(大正8)年、藤村忠と結婚。
1920(大正9)年、夫の就職先の札幌に移住します。

札幌時代の千代はごく普通の、むしろ普通よりよく出来た主婦でした。
家事をこなし、近所づきあいに勤しみ、着物の作り方を身に着け、そして空いた時間に小説を書いて懸賞に送っていました。

1920(大正9)年11月 時事新報の懸賞小説に送った短編『脂粉の顔』が1等になります。賞金は200円(現在では80万円くらい)。ちなみにこのとき2等だったのが尾崎士郎。

千代は男性の世話になるよりも、自分が家族を支えることのほうが居心地の良い女性でした。ますます執筆に熱がこもる一方、家のことも自分がやらないと気の済まない性格。

このころ千代が新聞に寄稿したエッセイがあります。

「掃除をして居ながら箒を叩き付けたくなる時もあります。米を磨いて居ながら「こんなまだるつこい事をしてゐて好いのか」と思って、米を其処いら中ぶち撒けてしまいたひことさへあります。それは一時も早く雑用から逃れて、机に向ひたいと思ふからです。然し、(中略)書斎の窓からは、庭の雑草の伸びているのが見江ます。書棚の上の白い埃が眼につきます。夜具の襟が汚れてゐて、ゆうべ寝心地が悪かつたことを思ひ出します。(中略)交際上手な奥さんになつたり、世帯持ちの好い家政婦になつたり、男の可愛い玩具になつたり、また素晴らしい芸術家になつたり……とても、そんなに沢山のお面が冠り切れるものではありません。では、そんなに煩はしい家庭を持たなければ好いだろう、思はれるかも知れませんが、家庭を持たうが持つまいが、現在の婦人にとつては結局同じことです。女には至る処に雑務が待つてゐます。」

仕事にやりがいがあってもっと上を目指したいし集中したいのに、なかなか時間を取れないジレンマ。家庭があってもなくても一緒、女性はたくさんのお面をかぶらされて、至るところに雑務が待っているって、何だか昔もいまも変わっていない。
それにしても、ちょっと面食らうくらい気の強い語調ですが(笑)

そして、1922(大正11)年、千代は中央公論社の編集長 滝田樗陰に『墓を発く』という作品を送ります。その原稿料を受け取るため上京したことがきっかけとなって札幌で藤村忠との生活に終止符を打つことになります。

尾﨑士郎との出会いやここでのいきさつは有名な話ですが、実は『生きて行く私』には書かれていないことがあります。千代は藤村との間に5回子供を妊娠していました。(4回は流産、1回は生まれたもののその日に死亡)
後年、瀬戸内寂聴に、自分は骨盤が狭くて子供が育たないからだだったと語ったそうですが、最晩年になっても自分の著作で詳しく書くことはありませんでした。

千代にとって語るに足らないことだったのか、言葉にし尽くせないことだったのか。

札幌での生活を捨てたのはそれまでの人生、いわゆる普通の人生と決別し作家として生きるため……

いやいや、このあとの馬込文士村時代の千代はまだそこまでは振り切れていなかったと思います。

何せ相手はあの尾﨑士郎だったから。

つづく

※文章はあくまで個人としての意見です

越谷真美

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OTA アート・プロジェクト
馬込文士村 空想演劇祭2022 作品上映&[同時収録]生ライブ

日時=2022年12月17日(土) 11:00開演/15:00開演
会場=大田文化の森 多目的室

【チケット購入】
https://yyk1.ka-ruku.com/ota-s/showList

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