稽古場日誌

コロナ禍に引っ越しをした。

以前住んでいた家は、ほとんど夜帰るだけの家で、家の中でゆっくりしたことはなかった。
設備はほとんど使用していなかったので、新品同様のような状態だったし、家は片付いていていればそれでいいよね、という感じだった。

新型コロナが蔓延しだして、私は家で仕事をすることを余儀なくされた。

家にいる時間が長くなり、3食、家で食事を作り作業をしていると、

「ご飯を食べるところと仕事場所を分けたいぞ」
「稽古もできたり撮影もできたり、配信もできたりしたいぞ」
「なによりもっと居心地いい部屋にしたいぞ」

とむくむくと想いが強くなり、8年間住んだ家を出ることにしたのである。

新居に落ち着いて、今もこの記事を家で書いているが、「引っ越しできて良かったな」とやはり思う。

家での食事のあり方がまず変わって、「食べたいな」と体が欲するものを作って食べるようになった。

私は近所の八百屋さんから野菜を毎週配達してもらっているのだが、これがどれも美味しい。(無農薬で皮ごと食べられるので調理も楽で、しかもリーズナブルである)

コロナ前も「自炊して野菜を食べなきゃ」という思いがあり、野菜を配達してもらっていた。料理は好きだったのだが、「この野菜を一週間でどう片付けていこうか」と、毎日の生活の中でどこか追い立てられて調理していたように思う。

家にいる時間が長くなると、配達された野菜を見て、「これとこれはカレーに、これはサラダに、これは煮物に、これは鍋に……」と冷蔵庫に入れる時になんとなーくメニューが浮かんでくるようになった。
どうやら、その時点で野菜と向き合え、対話ができているようである。

そしていざご飯を作るときになり野菜を見つめると、野菜の方から語りかけられているような感じがしてくる。

今日はチャプチェにしてみよう、キムチ鍋にしようかな、いや豚汁の方がいいか、などと考えていると、「チャプチェはいいね、豚汁よりキムチ鍋の方がいいと思うよ」と答えが返ってくる。

「カレーと煮物、どっちがいいかなあ」と迷いながら手に取った人参を切っていると、知らないうちにメニューが決まることもある。
人参が「切って欲しいな」と思う形に切っていると思われる。

手に取ってみて、「手を加えない方がいいかなあ……」と思う野菜は、丸ごとぬか漬けにする。
そうそう、コロナ禍になった当初、「発酵食品で免疫力を高めよう!」という流れに乗って、以前からやってみたかった、家でのかんたんぬか漬けを始めたのだった。

これがまた美味しい。保存が利くし、ご飯のお供にもおつまみにもとてもいい。

外で人と会う場合も変わったと思う。
できるだけ外出を控えよう、という気運の中で、それでも人に会うとなると、優先順位をつけて今会いたいと思う人と待ち合わせをするようになる。
そうすると、そこで何を食べようかと思うので、真剣に食べたいものを考えるようになる。

以前は、一日中外にいて人と会って楽しく食事もしていたが、仕事やつきあいの延長であったものが多かったなあと思う。

だから本当に行きたいお店や場所に行けていなかったし、プライベートで本当に会いたい人にもゆっくり会えていなかったし、今自分が本当に食べたいな、と思うものも結局食べられていなかったのだ。

家にいることを余儀なくされて、おうち時間と空間に対峙してみると、それは自分自身を見つめ直す良い機会になった。

コロナ禍でいろんなことができなくなったり、なくなったり、あれもこれも制限された中、家にいる時間が豊かになったことは、私にとって本当に思いもかけない出来事だった。

制限が緩和され、少しづつ以前の日常に戻ってきているが、「おうち時間」はこれからも大事にしていきたいと今の私は思っている。

長谷川尚美

**********

221227_decameron_chirashi_omote

劇団 山の手事情社 公演『デカメロン・デッラ・コロナ』
日程=2023年3月24日(金)~26日(日)
会場=池上会館 集会室

チケット発売中!!
公演情報は こちら

稽古場日誌一覧へ