稽古場日誌

今年の新作映像『片腕』に出演させて頂きました。
とても不思議なお話で、初老の男性が女性の片腕を借り受けたとある夜のことが描かれています。その腕を可愛がり、添い寝したり肌を吸ってみたり、男性の女性の腕に対するフェティズムが丹念に記述されています。

興味を惹かれるのは、その欲望をロマンチックな会話と文章で情感たっぷりに綴っている点です。作中の女性は男性の欲望に対して抵抗せず、むしろ進んで協力してくれます。こんな女性いるのかしら? 川端康成は夢見がちな人だったのかもしれない……。
とはいえ、かなり気持ちわるいよね? なんて稽古のたびに盛り上がったものです。川端はどうしてこの作品を描いたのでしょう? 素直すぎる欲望を読まれることに抵抗はなかったのかしら……。

ところで、撮影現場でのこと。クランクインの日、主人公「私」を演じる谷 洋介さんのメイクアップした姿を初めてまじまじと見ることができました。不健康で青白く、痩せこけた男性の顔がそこにありました。わたしはふと、その顔を美しく、悲しいと感じました。

ああそういえば、と思い出したことがあります。劇中、何度か登場する歌は、演出の斉木和洋さんから「子守唄をつくって欲しい」と言われ、歌ったものです。谷さんが演じる役は初老の男性という設定がありました。老いを深め眠れなくなってしまった男性を慰め、穏やかな眠りへと誘うための歌だった。そのことに気づいたのです。

死に向かっていく人の、最後の思い出であり夢であり、妄想がファンタジーとして現れる、それが『片腕』というお話の正体だった。それならば、この人を眠らせるために美しくて優しい夢になろう。そんな風に思ったのを覚えています。

さて、先日『片腕』の映像が大田文化の森で初めて披露されました。上映後の会場ではたくさんの方が感想を伝えてくださったのですが、「川端のフェティズムに共感する」、「川端の欲望を描いた作品に興味がある」と、こっそり打ち明けてくださったお客さまが何名かいらっしゃいました。それも「アナタが?」と大人しい印象の方が多かったので驚きました。

大っぴらにできない妄想を美しく繊細に描いているからこそ、川端の文章は面白いのかもしれません。

松永明子

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