稽古場日誌

僕らはみんな逃げている 山本 芳郎 2024/02/16

辞めるなら今

ニュージェネレーションのメンバーが『僕らはみんな逃げている』の本番に向けて悪戦苦闘中です。

以前劇団では研修生と呼ばれていたニュージェネレーションですが、今の劇団員はみんなこの研修生を経て劇団員になってきました。彼らは担当エチューダーのもとで《山の手メソッド》のさまざまな稽古方法を通じて手取り足取り指導を受けながら、一年間とっても苦しい熱い時間を過ごします。

ところで僕はひとりだけ研修生を経験していません。昔は劇団にまだ研修生制度というシステムがなく、そもそも《山の手メソッド》なんて方法すらなく、いきなり舞台に上がって《フリーエチュード》を繰り返すだけでした。《フリーエチュード》って、設定も何もなくただ仕掛け合うだけの究極の即興芝居です。決まった展開や道筋はないので、何をしゃべってどう行動すればいいのかわからず怯えつづけていました。何の成果も蓄積もなく無力感だけに苛まれていました。
偉大な先輩方からはいろいろ学ばせてもらいましたが、何かを丁寧に教えてもらったことはほとんどないのです、ただ否定されるだけ。エチュードはもちろん、《歩行》や《二拍子》のポーズといった基礎訓練のうまいやり方すら何ひとつ教えてもらってないと思います。何ひとつです。

それに比べれば、今のニュージェネレーションたちはだいぶ恵まれているなあと思います。もちろん手厚くいろいろと教えてもらえる恵まれた環境と、放置される環境と、果たしてホントはどちらがいいのかはわかりません。ただ、あらかじめ用意されている稽古方法やメソッドの落とし穴はあるんじゃないかと思っています。
稽古方法の形があると、ついついその方法や道筋それ自体をやろうとしてそこに集中してしまいます。でもそれは本来の集中の仕方としては間違っているので、面白くならず、俳優は結局その稽古方法の中で右往左往してしまうことになります。
「どうして出来ないんだろう」「どううまく展開すればいいんだろう」「面白いネタが思いつかない」……

ところが、その悩み自体が間違っているわけです。僕の場合は、その「どうやればいいんだろう……」という思いがすでに自分を止めていることにあるとき気づきました。フリーエチュードには道筋がないわけだから、小賢しいネタや展開を考えるんじゃなくてとにかく化けて、はみ出して、強い正確なテンションで舞台に存在するしかないんです。すると勝手に芝居が転がっていく、それを展開と呼ぶわけです。
稽古方法に形があると、そのことがなかなかわからない。メソッドや稽古方法はそれを利用することで、はみ出したりさらけ出していくことが出来るように期待されているのに、その方法自体が足かせになってしまう場合もあるんです。稽古方法の罠です。稽古方法やメソッドは大切で必要なものですが、目的を見失うとうまく機能しないということです。
演劇ってややこしいんです。この「そのものになって舞台に立つ」というシンプルなことがとても難しいんです演劇は。

だからニュージェネレーションのメンバーには、とっとと稽古方法やメソッドから逃げてほしいのです。俳優が追い詰められてやぶれかぶれになったとき偶然面白くなることがあるのは、たまたま方法から飛び出しているからじゃないでしょうか。
劇団辞めて急に面白くなるやつもいます。辞めて稽古方法やメソッドから距離を取ったり、フッと力が抜けたことで、不思議と肚がすわって視界が広がったりしているわけです。

ニュージェネレーションのみんな、稽古方法に守られている自分から逃げましょう。《山の手メソッド》からも逃げてしまいましょう。ついでに山の手事情社辞めてしまいましょう、精神的に。きっとまっさらの集中になって面白くなってるはずです。《山の手メソッド》は凄いんです。

本番まであと二週間、辞めるなら今です。
頑張れ!

山本芳郎

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ニュージェネレーション公演『僕らはみんな逃げている』
構成・演出=谷 洋介

日程=2024年2月28日(水)~3月3日(日)
会場=山の手事情社アトリエ

詳細は こちら をご覧ください。

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