稽古場日誌
私は最近、ある“技”を手に入れた。
それは、もう一人の自分を隣に召喚する、というものである。どんなときに使うのかというと、誰に相談しても解決できない問題があるときや、物事の判断が困難なときだ。
その、もう一人の自分は、実体の自分とはまるで真逆の性格である。気が強くて逞しく、迷いがない。
上司に怒られている最中はそっと背中をさすってくれるし、演劇の稽古中に行き詰まると、先に手本を見せてくれる。自分の意見に自信がないときは、「それでいいんだよ」と言ってくれる。
これがかなりの精神安定剤で、家族や親友に隣にいてもらうよりも、もう一人の自分にいてもらう方がはるかに心強い。いっさい否定されることはなく、むしろ全てを肯定してくれる。勇気を出して飛び込まなければいけない場面では、しっかりと一緒についてきてくれる。まさに、最高の相棒である。
さて、ファンタジーはここまでにしておこう。
“技”とか“もう一人の自分”とか言ったが、これはただ自分を慰めるためにやらざるを得ない、単なる妄想にすぎない。
世の中というものは、わかってもらえない、自分の考えが通らないことが多すぎる。だからこそ、唯一の味方である自分自身を隣に置いておくしかないのだ。
2月の二本立て公演で私は『マクベス』に出演する。
『マクベス』もそうだが、シェイクスピア作品によく感じるのは、人物の独白がとにかく長いことだ。他人との会話の最中に独白が始まる人物もいる。きっと彼らも不安や恐怖に耐えられず、私と同じ“技”を使っているのだろう。
人間はとにかく、悲劇に弱い生き物だ。無理もない。
できれば心が引き裂かれるようなことには立ち会いたくないし、頭をかかえるような揉めごとにも、巻き込まれたくない。
だからこそ、もう一人の自分をおすすめしたい。
悲劇の可能性を目の前にしても、なんぼか楽に、生きていける。
喜多京香
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劇団 山の手事情社 二本立て公演
『オセロー』『マクベス』
日時=2025年2月21日(金)~25日(火)
会場=シアター風姿花伝
詳細は こちら をご覧ください。