稽古場日誌

葵上 渡辺可奈子 2026/02/12

生霊になりたい!

「源氏物語」の舞台である平安時代は、科学や医学が発展していなかったため、天災や病気など不吉な出来事は怨霊、鬼、生霊の祟りだとされていました。その他にも、夢占いと言って、その日たまたま見た夢が大きな意味をもったり、個人的に人を呪うことが法で禁じられ、政敵を倒すために呪詛が用いられたり、また平安時代の暦には日々の吉凶が記され、貴族たちはそれに気を配って毎日を過ごしていました。とにかく、目に見えないものが力を持ち、大切にされながらも同時に恐れられていた時代でもあります。

今回上演する『葵上』は、主役は葵上ではなく、それに取り憑く生霊、六条御息所[ろくじょうのみやすどころ]です。葵上の生死を揺るがす程であった彼女の生霊は、当時大変に恐れられていたのではないかと推察されます。
そこで私はふと思ったのです。

生霊になってみたい! と……

私は「霊には気力と根性があれば打ち勝てる!」という持論があり、相手が念で来るなら、こっちは気合いで返す! みたいな。とにかく怯んだら負け、と言いますか、私にもそれなりの悩みや憤りがあり、それをとにかく伝えたい! 誰かの記憶に残りたい! という想いは人並み以上にある。
それらの凄まじい執念と根性があれば生霊になれるはず!

しかし、現代に生きている以上、さまざまな娯楽で気を紛らわせることができ、ちょっとした悩みはネットで調べれば即解決。そして、そんなこんなでなんとなく折り合いをつけて、呆気なく成仏してしまうような気もする。
そもそも平安貴族の恋愛は、女性は待つ事しか出来ませんでした。暇なのです。色々考えちゃったんでしょうね。人間って時間があると、いらん事まで考えて、無駄に悩みが大きくなっちゃったりしますからね。そう考えると、生霊って平安文化の産物なのでは? もしかして、現代で生霊になるって、結構ハードルが高い……!?

打って変わって葵上は、そんな世の中で御息所の祟りにあい、出産後に密かに死んだにも関わらず、化けて出て来ることはありません。親に決められた政略結婚で、夫である光源氏とあまり上手くいっていなかったのに恨まれて、呪い殺されたというのに、大人しく成仏してしまう葵上は、死んでも尚、聞き分けの良い女性だったのでしょう。そう解釈すると、葵上の人生の方が少し残酷なようにも感じます。どうせ死ぬなら、化けて出たいよなあ、と……

幸か不幸か、生霊になるほどの情念を育てるのは現代ではなかなか難しいのかもしれない。それはどれくらいの苦しみで、どれほどの鬱憤なのだろうか。考えれば考えるほど、生霊への憧れは深まっていく。

いつか誰かの枕元に立てることを願いながら……

渡辺可奈子

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劇団 山の手事情社 公演『葵上』
日程=2026年3月3日(火)~8日(日)
会場=小劇場B1

詳細は こちら をご覧ください。

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