稽古場日誌

葵上 高島 領也 2026/02/21

「あはれ」の美学

「もののあはれ」という言葉をご存知だろうか。
「源氏物語」の作中で度々使われる言葉なのだが、この意味の説明が難しい。

物語の中で光源氏は、妻や恋人の死に直面した時に、叶わぬ恋と思い知った時に、秋の虫の鳴き声を聞いた時、荒れて寂れた家の様子を見た時など、ありとあらゆるものに「あはれ」を感じている。
単純に「哀れに思う」事ではない。
美しいと思う事、寂しさを感じる事、儚さを感じる事も「もののあはれ」に含まれている。

日本の国学者、本居宣長はこの「もののあはれ」を「見るもの、聞くもの、触るものに、心が感じて揺れ動き、そこから出る嘆息」と説明している。

満開の桜が散る様子を見て美しさを感じると共に、かつて一緒にいた人を思い出して……
夕日が沈む景色から、自分が幼かった時代を思い出して……

季節と共に移ろう心や、時の流れによって過ぎ去っていくものに無常感や心の動きを感じて「あぁ」と嘆息が出る。
これが「もののあはれ」なのだ。

そして、演劇もこの「あはれ」の美学であるといえる。
同じテイクは存在せず、全く同じ観客で見てもらう事は二度となく、形には残らず、カーテンコールの拍手が鳴り止めばそこには、大きな世界が立ち上った後の儚さが残る。
観客の皆様に、その「あぁ」という嘆息を感じてもらう。
そのために我々は何ヶ月も稽古を重ねている。

僕もここ数ヶ月で何度も「あはれ」を感じた。
約十年間僕が稽古を重ねてきたアトリエが取り壊され、その跡地を前にして。
自分を磨くために一生懸命に稽古をする準劇団員達の姿を見て。
かつて山の手事情社で、全盛期を共に活動した元劇団員と十数年ぶりに再会し語らい、その懐かしさに思わず涙する先輩達を見て。

そしていま、我々はこの嘆息の中にいる。
まもなく、劇団 山の手事情社は活動休止となる。
この最後かも知れない「あはれ」に力を尽くしたい。

高島領也

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劇団 山の手事情社 公演『葵上』
日程=2026年3月3日(火)~8日(日)
会場=小劇場B1

詳細は こちら をご覧ください。

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