稽古場日誌
タイタス・アンドロニカス/女殺油地獄 名越 未央 2015/10/02
人生に起こる悲劇とは、どう折り合いをつけるべきなのだろう。
先日、友人がひどく不幸な目に遭った。
詳細は省くが、もはや犯罪被害者レベルで心身ともに傷ついたにも関わらず、警察に届けることもなくやり過ごした。そして彼女はあっけらかんとして、「いやー参ったね」と、にやにやしている。もちろん顔で笑って心で泣いて、という可能性もあるわけだが、しかし私はこの様子を見て恐怖すら感じたのである。
私は咄嗟に、「この人はちゃんと傷ついた方がいいんじゃないか?」 と思いつき、その考えに戸惑いを覚えた。傲慢な思いつきだ。それでも、ここでちゃんと傷ついておかなけれ ば、この人はまた同じワナにハマる、そしてそれはきっといつか取り返しのつかないことになる、という予感に背筋がゾクッとした。
「あぁ、あたしはひどい目にあったんだ、辛かったんだ悲しかったんだ」ってことと、ちゃんと向き合おうとしない人は多い。かく言う私も、大抵のことには「で? それがどうかした?」と言えてしまう、ずぶとい神経の持ち主で、人生を楽しめるタイプだと思っていた。
思っていたのだが・・・。この「ちゃんと傷つけない病」は厄介な現代病なのかもしれないな。
難しい。自分の感情に鈍感になりすぎるのも、敏感になりすぎるのも、どっちも厄介なのだ。
ちょうどいいバランスを自分の中に見つけるには、いったいどうしたらいいのだろう。
ひとつには、人間の感情が解放されている様を目撃すべきだと思う。
そしてそれが安全にできるのが、演劇だ。
舞台上では、登場人物たちを様々な幸運や不幸が襲う。その瞬間に湧き上がる感情は、日常生活よりもエネルギッシュに増幅されている。
人の感情が、目の前で、大きく揺れ動く様をじっくり見る。日常生活では難しくなりつつある体験を、ぜひあなたにも。
名越未央
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『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』、両作品が「悲劇」であることにちなんで、「私と悲劇」をテーマにした稽古場日誌を連載中です。
それぞれの生活感あふれる「悲劇」をどうぞお楽しみください。
『タイタス・アンドロニカス』『女殺油地獄』公演情報
https://www.yamanote-j.org/performance/7207.html