稽古場日誌

傾城反魂香 松永 明子 2017/09/12

遊女の世界 入門編 その2

遊女たちが借金返済のために連日連夜、心身ともに大きなプレッシャーのもと生きていたことは前回述べた。非常にしんどい日々だ。

そうなると、遊女たちの一番の憧れは玉の輿=身請け(みうけ)だ。
馴染みの客に自分の借金ごと身柄を買い受けてもらう。客は遊女の身代金のほか、世話になった妓楼や茶屋の人々にお礼代も払う。さらに大きな送別の宴も客持ちで開かれる。このため、抱え遊女が身請けされることは妓楼にとって大きな儲けとなった。遊女にとっても大手柄となる。

劇中ではお辰とみやの助けを得て、名古屋山三(なごやさんざ)が太夫・葛城(かずらき)を身請けする。しかし実際のところ、身請けはほとんどシンデレラストーリーに近く、滅多にないことだった。
多くの遊女は年季明け=契約期間が終わるのを待つしかない。年季が明けても、素人に戻ることは難しい。再び別の妓楼で身を売るか、妓楼関係の職につく場合がほとんどだった。みやが物語中盤で務めた遣手(やりて)もそうだ。年季が明けたあと、身寄りのない女性が妓楼に残り遣手を務めた。遊女たちの教育や、客と遊女の間に入りマネージャーのような仕事もした。しかし金に汚いいじわるばあさんというのが一般的なイメージだったらしく、みやも遣手となった自分の身を嘆いている。

生きていれば良し悪しはあれど、身の処し方はいろいろある。しかし廓では年季を待たずして死んでしまう遊女たちもたくさんいた。
過酷な労働のため病を患って死んでしまう者、借金生活を苦に自ら命を絶ってしまう者、男と心中する者…

客足が遠のくので、妓楼は心中をとても嫌った。心中をはかったのが見つかると、遊女と客はともに厳しい折檻を受けた。竹槍で気絶するまで叩かれたり、真っ裸にされて両手両足を梁(はり)に縛られたり…
また、川への身投げが失敗したのが見つかると、男女ともに縛られて見せしめにされ、さらに非人の身分に落とされた。

このように、心中には厳しい制裁が待っていたが、にも関わらず心中する男女はあとをたたなかった。

推測するに、それは遊女たちが真(まこと)の恋愛に憧れていたからではないか。
身の回りは華やかだが、実際は借金に苦しめられ、連日連夜、身を売って何人もの男性たちと嘘の恋愛ごっこを重ねる…
虚しさに胸が痛むこともあっただろう。

真に愛を誓ってくれる人がいてくれたら、死まで共にしてくれると誓ってくれる人がいてくれたなら…
どんなに慰められたことだろうか。

元信に出会うまでの遠山も、少なからずそんな気持ちだったのではないか。
だとしたら、夢に見た男性が本当に現れたら…?

劇中ではたくさんの奇跡が起きるが、みやにとっては元信との出会いこそが一番の奇跡だったのかもしれない。
それこそ人生を変えてしまうほどの恋。
そんな恋愛にはすこしばかり憧れてしまう。

松永 明子

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『傾城反魂香』
2017年10月13日(金)~15日(日)
大田区民プラザ 大ホール
公演情報はこちらをご覧ください。
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