稽古場日誌

その他研修生 倉品 淳子 2020/07/28

アーティストになりましょう

何十年も前のことだが、ある俳優さんと話していて、「俳優」という職業のとらえ方について彼と私との間に決定的な違いがあることに気が付いた。
彼は、「俳優にクリエイティビティは必要ない。それは演出家がやってくれる。俳優に必要な力は、演出家のイメージを正確に体現する力だ」といった。
私が山の手時事情社でやってきたこととは全然違うので驚いた。
山の手事情社で俳優に求められるのは、演出家への提案力であり、それを体現する身体性である。
つまり、演出家をどれだけびっくりさせられるかが求められる力だったからだ。

これ、どちらが正しいのか? 答え⇒どちらも正しい。

日本では一般的ではないかもしれないが、山の手事情社では、俳優には「創作する力」が必要だと考えている。つまり、俳優も芸術を作り出す人、アーティストなのだという考え方である。それをもとに、《山の手メソッド》は開発されてきた。
以前イギリスで、あのサイモン・マクバーニー率いるコンプリシテという劇団のワークショップを受けて驚いた。その稽古方法は《山の手メソッド》と多くの共通点があったからだ。そう、これは、ヨーロッパでは当たり前の考え方だったのだ。

山の手事情社の研修生だって同じだ。
とにかく作らされる。自分が表現したいものは何か問われる。
私が若手のころ、稽古と言えば「提案稽古」のことだった。
これは俳優が新しいシーンのルールを提案しては、ひたすらに試してみる、というものである。

わかりにくいので、例を挙げてみよう! 

「目立たない合戦」
寸劇をしながら目立つことをしてしまった人は、抜けなければならないというルール。観客役は注目する人を指さす。長く指さされてしまうと退場しなければならない。なにもしなくても、「あいつ何もしてないぞ」という理由で注目され退場となる。

どうです? ばかばかしいでしょう? 
こういった提案を来る日も来る日も一日に10本以上ひねり出す。試してはボツる。地獄だ! しかしこの様子、はたから見たらどうだろう? 
親から「いつまでも遊んでないで就職しなさい」と言われる。親戚のおばちゃんは「好きな事やれていいわねえ。楽しいでしょう?」と言ってくる。それが悔しくて、「いや、つらいんです。苦しいんです」と反論していた。

これから言うことは、親や親戚、大家さんやバイト先の人にはどうか言わないでほしい。
本当は楽しいのだ。無茶苦茶楽しいのだ。ほんとに遊んでいるだけなのだ。世間体を気にして、苦しがっているふりをしていたのだ。そうでなければ、こんなに続けられるはずないでしょう?

私は演劇の稽古とは遊ぶ力を鍛えることだと思っている。今もその精神は変わらない。
「遊び」をこんなに真剣にやっている劇団はここ以外にはないと思う。

この時代。まさかこんなことになるとは! というこの時代。
たとえ厳しい条件の中でも「遊び」を創作して生活を豊かにする人。それがアーティストであり、山の手事情社が社会に放つ人材だと思っている。
山の手事情社で遊ぶ力を鍛えませんか?
そして日本を、いや世界を、演劇という遊びで少しだけ生きやすい場所にする、そんなアーティストになりませんか?

倉品淳子

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