稽古場日誌

こくごのじかん 佐々木 啓 2022/08/05

言葉にならない。説明できない。理屈じゃない。

太宰 治 原作『走れメロス』。
教科書に載っているのもあってか、知名度の高い作品です。何となくのあらすじを知っている方も多いのではないでしょうか? もっと言うと多くの人の中に何となくのメロス像が既にあるかも知れません。メロスは正義に燃える熱血漢だと。

では今一度メロスの行動を読み返してみましょう。
王様が人を信じられない為に身近な人を処刑していると聞き勝手に激怒し、誰に頼まれてもいないのに怒りに任せて王城に乗り込み王様に好き勝手文句を言い、自分が処刑されそうになったら妹の結婚式を挙げたいがために無二の友人セリヌンティウスを人質として差し出している。しかも「期限までに自分が戻ってこなかったらセリヌンティウスを絞め殺してください」と言っている。

……あれ? これが正義に燃える熱血漢なのか? ただの身勝手な奴じゃないか? 少なくとも私はこんな人とは関わりたくない。近くにいるのも避けたいくらいだ。最終的に期限までに間に合ったから結果オーライだけどこんな事したらダメだよな? 巻き込まれたセリヌンティウスが可哀想に思える。
改めて読み返してみると、メロスの熱い正義とかカッコ良さよりも人間の弱さや単純な愚かさがこれでもかと盛り込まれている。メロスって案外だらしないなぁ。
それでもセリヌンティウスは人質になる事を受け入れるし、メロスも信頼に報いるために死にそうになりながら力の限り走る。私はいつも読んでいて納得できない。理屈がわからない。
そういえば「この世に説明できることなんて何もない。最終的に理屈じゃないんですよ。理屈で生きている生物なんていないんだから」と何かの本に書いてあった。
確かに理屈じゃないんだよな。世の中言葉にならない、説明できないことだらけだ。
だけど俳優は言葉にならない、説明できないことを理論的に技で演じなければいけない。それがとても難しいところだけど……。
『走れメロス』も後で読み返すと納得できない箇所が多々あるが、リアルタイムで読んでいると謎の勢いと熱量に飲み込まれて最後のシーンで感動してしまう。さすが太宰!
本で読んだとき以上に楽しめなければわざわざ演劇にする意味もない。これは大変だけどやりがいあるぞー!!
山の手事情社版『走れメロス』が最後まで走り切ることが出来るのか。皆さま、それこそ刑場に押し寄せる市民のつもりで是非劇場まで観にきてやってくださいませ!

佐々木 啓

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『走れメロス』あらすじ

純朴な村の青年メロスは、王の暴虐な政治を知り激怒、王城に単独突入し囚えられる。
すぐさま王から処刑を言い渡されるが、妹の結婚式を執り行うことを思い出した。
式のため、処刑までに3日間の猶予を懇願し、友人のセリヌンティウスの命を担保する。
村へと走り出したメロス。果たして、間に合うのか。

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『こくごのじかん』omote

『こくごのじかん』
日程:2022年8月19日(金)~20日(土)
会場:大田区民プラザ 大ホール

詳細は こちら をご覧ください。

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