稽古場日誌

今でこそ私は逃げてばかりの人間だ。
メンタルがだいぶ弱いのだ。

こう書くと「嘘つけー!」と劇団員に言われそうだが、本当のことだ。
弱いと言うこと自体にも逃げているのだから、バレちゃいけない。逃げているから自分でわかるし、今ではバレなきゃいいと思っている。

そんなメンタルの弱い私は、小さい頃からアクション映画やホラー映画が苦手で、誰かが一緒にいないと観られなかった。金曜ロードショーを観る父親に「次どうなるの? 次どうなるの!!」とハラハラするシーンになると、父親がなぜかこの先を知っていると思い込み騒ぎながら聞いては、「いいから見てろ!」と一喝された。
大体、ああいう映画は主人公が逃げて、敵が追いかけてくる。そのハラハラする恐怖感と、「逃げる」=「怖いものがくる」が同時に刷り込まれたのだろう。
逃げるとなんか知らんが怖いことが起こると……。

十数年後、逃げることに恐怖を抱く私は、八方塞がりな状況を迎える。
大学生の私は、社会人になるのに不適合な気がしながら、それでも事務作業をしてみようとホテルのバイトをしたことがある。
初日、たぶんこの業界一筋でやってきたアルバイトの女性(きっと社員を目指していたのであろう)にブチ切れられた。仕事のミスとかではなく、ただ会話をしようとしただけでブチ切れられたのである。しかも、私に直接ではなく、バックオフィスで他の人に私の悪口を言ってブチ切れだしたのである。聞こえる様に言う意味がわからず、学生の私は恐ろしかった。
他の人も、大体が性格が悪かった。
「君、人を馬鹿にしてるよね?」とたまに会う十歳以上も離れた社員から嫌味を言われたり、マルチ商法で騙しやすい人を厳選して相手を選び、泣きじゃくりながら騙す女性がいたり、楽しく話していた人が私を弄った時に「えぇ〜そんなこと言ったら可哀想だよ! いじめだよ!」と、私は気にしてなかったのに気に触るように割って入ってくるエセ正義感の強い帰国子女の女性がいたり、好きな女性を贔屓して明らかに声のトーンと態度が変わり仕事ができないとやたら冷たい古株の男性がいたり……。今思えばすぐ辞めればいいのに……だけど、逃げると怖い私は嫌でもバイトを続けてしまった。

そうして続けていたある日。
いつもなら気楽なメンバーである出勤の日が、初日にブチ切れてきた女性と、その女性に気があり態度が明らかに変わる男性が何故かいた。
「代行」というやつだ。帰るまでの五時間を三人きりで仕事をするのだ。
逃げたいが逃げられる理由がない……逃げたらもっとブチ切れられるし、冷たい態度を取られる……と、その二人が仲良くしていればしているほど胃が痛み、心を殺して恐怖に耐えてやり過ごすしか無かった。
とりあえず「休憩時間まで頑張るのだ!」とやり過ごし、やっとホッとして休憩室に入ったのもつかの間、急に身体が熱くなる。気分も悪くなり、トイレに入って嘔吐。寒気がきて、これは「もしや……帰れる?」と頭をよぎったが、「逃げたら恐ろしいことが起こる」の刷り込みで頭は正常に働かず、「逃げちゃダメ逃げちゃダメ……」と言葉を繰り返していた。

しかし熱は上がる。

休憩が終わり、とりあえず働こうと諦めて休憩室からでると、嫌味をいう社員から「顔色悪いけど大丈夫?」と言われ、帰れることになった。
「逃げたのではない、帰っていいよと言われたのだ。」ということにした。
後日、代行を立てた気楽に話せるバイトメンバーには「どんだけだよ〜」と笑われ、「マジでごめん」と言われた。

その場から逃げずにいても、本当にやばい時は身体に出るのだ。

逃げることについて、さらに数年後、目から鱗なことがあり、今では「いかにどこまでも捕まらずに逃げるか」でずっとやっている。
逃げていいんだと。
逃げると怖いから逃げずにいたら、逃げないといけない時に逃げることができなくなっている自分に気づき、怖いから逃げてみようと思える日がくる。
逃げて距離をとってみると、案外怖いものじゃないことに気づいたり、まだまだ逃げてみようとも思ったりする。

しかし歳を重ねてくると、逃げるには体力がいることに気づく。時間も意外とないことに気づく。逃げている場合じゃないと気づく。
いずれ向き合う時はくる。

ニュージェネレーション公演の『僕らはみんな逃げている』は、どんな時にいう言葉なんだろう?
気づいた時? 未来にいて、もう過ぎ去ってしまった過去にいう時? 誰かに教えてあげる時? 不思議な言語観のタイトルだ。
「僕ら」を他人事だと思って観に行ったら、痛い目にあうのかもしれない。

中川佐織

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ニュージェネレーション公演『僕らはみんな逃げている』
構成・演出=谷 洋介

日程=2024年2月28日(水)~3月3日(日)
会場=山の手事情社アトリエ

詳細は こちら をご覧ください。

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