公演情報
劇団山の手事情社公演
森は混沌だ。
W.シェイクスピア『夏の夜の夢』を取りあげるのは、『夏夢ちゃん』(1995)以来、2度目。夏至祭りの前夜、ギリシャ・アテネの森が舞台。講釈の結婚式に披露する芝居の稽古にきた職人たちが、妖精の王と后のあらそいに巻き込まれ、混乱のうちに大騒動をくり広げる。
シェイクスピア作品の中でもっとも人気の高いコメディを、戦後最年少の真打ち=柳家花緑(やなぎや かろく)を客演に迎え、現代演劇と古典落語とを大胆にコラボレーション。山の手事情社らしい先鋭的な手法を駆使して「夏の夜の夢」を現代日本風に描きます。
照明=関口裕二 音響=斎見浩平 舞台監督=海老沢栄 舞台衣装=渡邉昌子 宣伝美術=福島治 演出助手=小笠原くみこ 制作=奥林啓史・南千歩 製作=UPTOWN Production Ltd.
『夏の夜の夢』には人間と人間の恋や争いだけでなく、妖精と妖精、ときには妖精と人間の関係まで描かれている。この、混乱と逆転に翻弄される滑稽でわがままで、しかし共感せざるを得ない状況に、私は「狂気」を感じる。有名な「幸福な喜劇」を「狂気」という視点からとらえ直せないだろうか。登場する者たちは、舞台となる森で汗をかき、涙を流し、つばをとばし、鼻水をたらし、時には精液でさえ飛び散らす。森は逆に、そうした粘液を、すなわち人間のあらゆる感情や行動を黙って吸い込んでいく。しかし森は決して静かで厳粛な場所ではない。狂気というエネルギーに満ちた人間存在を包含する解放区、つまり混沌そのものと考えることができるのではないか。シェイクスピアのそうした世界を、伝統芸能である落語や現代的な「型」をもちいて表現する。それは欧米文明と伝統的な文化のはざ間という巨大な混沌に漂う現代日本人を描くことにも通じるのではないかと思っている。
■演出プラン最新情報
舞台は「銭湯」。これすなわちアテネの森。銭湯は、日本独特の風俗であり、さまざまな階級の者が一同に会する場所であり、ジェンダー(性差)を強く意識させるところである。
ジェンダーは今日の大きな問題である。妖精の王オーベロンを女優が、妖精の女王ティターニアおよび恋する乙女ヘレナを男優が、それぞれ演じる。この演出プランでジェンダーについて迫りたい。
大工、機屋はたや、鋳掛屋、仕立屋らの6職人を柳家花緑やなぎやかろく氏がひとりで演じる、すなわち「落語化」する。職人階級なり職人文化というものは現代日本からすでに消失しているが、それらは古典落語に見出すことができる。彼ら江戸職人を落語の世界から連れ出し、『夏の夜の夢』の名場面「職人芝居」の中にいきいきと甦らせたい。(2000.4.10)
■柳家花緑コメント
これまでで一番稽古しました、自分の独演会よりも(笑)。最初に演出の安田雅弘さんからオファーがあった時に、なるべく稽古に出させてほしい、しっかり演出をつけてほしい、という二点を私からリクエストさせてもらったんです。そうじゃなかったら、他流である現代演劇にわざわざ出演する意味がないですから。
稽古場に入ると共演の俳優さんたちといっしょに、まず身体訓練をして、発声練習をして。それだけで汗がぐっしょり。ほら、噺家はそういうことやらないじゃないですか。声の出方とかやっぱり全然違います。
『夏の夜の夢』の中の、町の職人六人が素人芝居をするくだりが、今回、私にまかされた部分です。原作の戯曲をもとに私が落語化したんですけど、六人がいっぺんに出てくるんで、声色を変えて、話しことばにそれぞれ特徴を持たせて、はっきりとキャラクターを立てるようにしました。与太郎だったり、かんしゃく持ちだったりという感じで。実のところ、そういう落語は柳家の教えじゃないんです。うちの師匠のやり方は、声色とかあまり変えないで、あくまで内面から作りあげる。そういう意味では、今回のは「演劇的落語」とでもいいましょうか。
私のシーンが完成形になるまで、安田さんにそれはそれは手直しされました、はい(笑)。非常に勉強になったのは、「ひとことで感情をすべて表す」ということ。私はこれまで同じような意味のことばを重ねることで、感情量を表現してきたつもりだったんですけど、安田さんは「ことば数は必要ない」と。書いた台本をずいぶんカットされて。この演出で――この芸で――今後の自分の落語が変化するかもしれない、そんな予感がします。
五月のはじめ、富山県の利賀村で公演をやってきました。すごい山奥でして(笑)。私は東京生まれ東京育ちだもんで、いやあ日本も広いなあ、と(笑)。演劇フェスティバルのために他の劇団といっしょに滞在して、安田さんだけでなく、平田オリザさん(青年団)や宮城聰さん(ク・ナウカ)らの演出家とも交流できました。非常にうれしい驚きだったのが、演劇界の人たちが落語のことを「可能性に満ちた舞台表現だ」と考えていること。私たち若い落語家は、落語の将来に危機感があります。でも現代演劇のいろいろな演出家や俳優の人たちと話をしてみて、逆に伝統芸能である落語に強い関心と期待を持っていることがわかった。日本語をどう音にするか、とか有意義な話をたくさんしました。同時代・同世代・他分野の、しかもきわめてすぐれた表現者と対話するわけですからね、おもしろくないわけがないです。
今回において、良かったこと悪かったことですか。―――悪かったことって、本当に思いつかないんですよ(笑)。すべてが刺激的で、充実した、いい経験を重ねています。東京公演もがんばります。(2000.5.25)
[柳家花緑(やなぎや かろく)プロフィール ]
1971年、東京都豊島区目白生まれ。祖父は人間国宝=柳家小さん、叔父は三語楼という親子三代続く落語家。実兄の小林十市はモーリス・ベジャール・バレエ団で活躍するダンサーであり、パフォーミング・アーツ一家ともいえる。1987年、中学校卒業後、祖父小さんに入門。1994年、戦後最年少の記録を更新して、わずか22歳で真打ちに昇進。1997年度国立演芸場花形演芸会大賞など受賞暦多数。将来の「名人」を確実に予感させる本格派である。
2000.5.5 – 5.6 [ 利賀新緑フェスティバル2000公演/利賀山房 ]
2000.6.14 – 18 [ 東京芸術劇場小ホール1 ]